年下の友人や若い仕事仲間にバブル時代のことをよく聞かれます。 「深夜のタクシーが争奪戦で、一万円札を頭上に掲げて拾ってたって本当ですか?」 「女性は、夜遊びに行く時、一切財布に手をかけなかったんでしょう?」 「ワンカットの撮影のためにスタッフ全員で海外に行ってたって、まさかですよね?」 そうそう、それ全部ほんとのこと、なんて答えながら、なんだか私も不思議な気持ちになります。お伽話をしているのではないか、そんな錯覚を起こすのです。 この際だから、記憶にあることを書いておこうと思います。日本にあんな時代は二度と来ないでしょうから。明日は今日よりもっとわくわくすることが待ち構えているに違いない、何の根拠もなくそう信じでいた、あの頃のあの雰囲気がなつかしい。 ナウい昔話するんで、イチゴを落としたシャンペンでも飲みながら読んでもらえたらうれしい、みたいな~。
レストランやバーに詳しい女の子は、便利がられても男ウケはよくない。それはバブル時代だろうが平成だろうが令和だろうが、きっと同じ。時代は変われど、男性はデートの相手には「初めての経験をさせたい」と思うものらしい。だから、デートの舞台となるレストランには相手が行ったことのない店を選ぼうとする。悲しいかな、あの頃、私はそのほとんどを制覇している厄介者だった。 男性の心理は百も承知だけれど、当時の私は、「新しいお店を知りたい、使いこなしたい」という欲望に歯止めが利かなかった。理由はわからない。ほとんど食欲に近いものだった気がする。モテるよりも、店に詳しくなりたかった。というより、店に詳しいなんて些細なことでビビらない人とつき合いたかった。自分が熱中しているというのに些細だなんて、矛盾しているのだけれど。 麻布十番に「バー鍵」という店があった。雑居ビルの2階にあって、カウンターだけで8席くらいの小さな空間である。一見どうということのない普通のバーだけれど、奥のほうに入口とは別の扉があった。そこから向こうはカードキーを差し込んで入るシステムで、その第二の扉を開けると、「ヌード」という別の店になる。こちらは会員制で、カードキーは会員証なのだ。入会金は三万円とたいしたことはないが、会員の紹介が必要だった。白地に思わせぶりな字体で「nude」と書いてあるカードキーを、私はなぜか二枚所有していた。 この「ヌード」がかなりあやしげな空間だった。 それぞれのテーブルは少し透けた生地のカーテンで仕切られ、覆われている。個室ではないが、隣の席に誰がいるかはわからない。カーテンの中には低いテーブルと低いソファ。店内は暗く、テーブルに置かれたロウソクだけが辺りを照らしている。薄暗い空間にうっすら透けたテントのようなものがずらりと並んでいる、といったらいいだろうか。 カーテンの向こうの隣の会話は丸聞こえだった。でも姿は見えない。そのせいか油断する人が多いようで、声をひそめることもなく、女性を口説いている場面がよくあった。 「この後、いいよね? 全日空に部屋取ってあるんだけど」 「部屋? スイートよね?」 「似たようなもんだよ」 店自体が下心を後押しするような作りだから、凝ったセリフは必要ないようだった。たまに、唇を吸いあっている音や衣ずれが聞こえてきたりもする。少したつとカーテンの向こうの影が動いて、男女が店を出ていく。それを見届ける度に、ああ東京の夜だなあと思った。 ここでよく頼んだのは、コカ・ブトンというお酒だった。名前からもわかるように(いや、わからないか……)、コカインの原料であるコカの葉から抽出されたリキュール。もちろん、お酒にする過程で麻薬成分は取り除かれてはいる。ある時期から輸入禁止になったが、流通しているものを飲むことは違法ではなく、ここのメニューにもコカ・ブトンがあった。甘ったるい薬草の味わいも、成り立ちも名前も、この空間に似合う気がした。 「ヌード」は雑誌の取材は受けていなかったはずだ。今のようにツイッターもインスタグラムもフェイスブックもなかったけれど、奇妙なシステム&エロティックな雰囲気のバーの存在はすぐに口コミで広まっていった。 「麻布十番の『バー鍵』って行ったことある?」 遊び人たちによく聞かれ、その度に私は得意げにこう答えた。 「うん。カードキーも持ってるよ」 で、私が案内役になって飲みに行く。しかし、私が主導権ならぬカードキーを握っているせいか、二人きりで訪れても口説いてくる男性はいなかった。誰一人として。それどころか、ここ一番のデートだからとカードキーの貸し出しを頼まれることもあった。店のスタッフに確認したら許可が出たので、何人かに貸した。会員制といっても、一枚のカードキーの所有以外に何の特典も式典も束縛もない。会員同士が集うこともない。
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August 28, 2020 at 02:00PM
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「バー鍵」と「スペア・キー」|甘糟りり子『バブル、盆に返らず』(本がすき。) - Yahoo!ニュース
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