
2年ぶりのインターハイが北信越地域地区を舞台にまもなく幕を開ける。昨年の大会は新型コロナウイルスの影響により中止を余儀なくされ、今年の高校生プレーヤーのなかには夏の全国を知らない選手も、数多くいるだろう。そこでバスケットボールキングでは、かつてインターハイで激闘を繰り広げたBリーガーにインタビューを実施。当時の思い出とともに、彼らにとってインターハイがどのような舞台だったのかを伺った。 明成、桜花学園ら昨冬チャンピオンも顔をそろえる!…インターハイ出場全104校の顔ぶれ 第一弾はアルバルク東京のザック・バランスキー。日本で生まれ、4歳からのアメリカ生活を経て、10歳のときに再来日したバランスキーは、東海大学付属第三高校(現・東海大学付属諏訪高校)時代に3年連続で夏の全国行きを果たした。そんな彼にとって、インターハイとはどんな舞台だったのか。前編では高校入学から1年次のインターハイまでの思い出を聞いた。 インタビュー・文=峯嵜俊太郎
「多分、期待枠という感じでスカウトされた(笑)」
――まずはバスケットを始めたきっかけを教えてください。 バランスキー 小学6年生のときに長野県に引っ越してきて、たまたま仲良くなった子がミニバスに入っていたのがきっかけです。当時は日本語もまだそんなに話せなくて、日本語を学ぶにもいいと思ったし、友達ができるのもいいなと思って始めました。 ――中学時代は長野県の長野市立裾花中学校でプレーされていました。 バランスキー 2年生のときは市内大会1回戦負け。でも1年生と3年生のときは北信越大会に出られました。僕自身は1年生のときはほとんど試合にも出ていなくて、ベンチに入って試合の最後のほうに出たり出なかったり。2年生のときにローテーションには入れるようになって、3年生からスタートで出られるようになりました。個人として県選抜とかに選ばれたことはなかったです。 ――そんななか、強豪校である東海大三高校に入学するきっかけはなんだったのでしょうか? バランスキー 僕はスカウトで東海大三に入りました。中学入学のときは163センチだったですけど、卒業の頃は188センチくらいまで身長が伸びて、当時の東海大三は身長が大きい選手が少なかったのも理由かなと。あとは顧問の入野(貴幸)先生が中学校の大会で僕のコート外での行動を見て、『人間としてしっかりしているから、この子は伸びるな』と感じたそうです。そういう経緯で。多分、期待枠という感じでスカウトされたんだと思います(笑)。 ――県内屈指の強豪に進学し、環境の変化に戸惑ったのでは? バランスキー いやぁ、しんどかったです……。入学前から中学の同期や先輩に、「絶対練習がハードすぎて、1カ月もしないうちに帰ってくるよ」って言われていたんですけど、実際にトレーニングの量が僕の中学校とは比べ物にならないくらい激しいものだったので。ただ、「1カ月で帰ってくる」とか言われたことが「やってやる」というモチベーションにもつながりました。それに、トレーニングはやった分だけ自分に帰ってくるというのもわかっていたので、キツイ練習を乗り越えた先には明るい将来があるとずっと思っていましたね。
からの記事と詳細 ( 【Bリーガーが語るインターハイ】ザック・バランスキー「人生でトップクラスの緊張だった」(前編)(バスケットボールキング) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース )
https://ift.tt/3k118Ee
No comments:
Post a Comment