小型モバイルデバイスの物理キーボードについて考えてみた! |
既報通り、モバイルデバイス(モバイルガジェット)好きの界隈をざわつかせる製品が5月1日に発売されました。それは総合ディスカウントストア「ドン・キホーテ」のプライベートブランド(PB)「情熱価格プラス」から発売された「NANOTE(型番:UMPC-01-SR)」です。
本機は画面を回転させてノートパソコン(PC)スタイルやタブレットスタイルなどを使い分けられる2in1タイプのUMPC(ウルトラ・モバイルPC)ですが、発売時にはその低価格が話題となり、発売後はある意味で価格に見合った、一方でPCとしては驚くほどの性能の低さや使用されている部品にあまり良くない方向でさまざまに話題が飛び交っていました。
今回のコラムでは、別に彼のUMPCを名指しで酷評したいわけではありません。むしろUMPC大好きな筆者としては「2万円で買えるなら、むしろこの低スペックで何ができるかいろいろ試したい!」と欲しくなっていたわけですが、その溢れる物欲に水を差したのが「キーボード」だったのです。
わずか2万円の“オモチャ”としてのUMPCすら購入を躊躇させるほどのキーボードとはどんなものなのか。UMPCユーザーにとってのキーボードとは一体何なのか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はUMPCや小型モバイルデバイスの物理キーボードについて考察したいと思います。
■変則キーボードが許される時代は終わった
あまりNANOTEをいじめても可哀想なので、最初にさくっと断罪して終わっておきましょう。このUMPCのキーボードは正直ひどいです。汚い言葉を使わずかなり控えめに言っても、何かを入力するために存在しているキーボードではありません。とりあえずキーボードとして判断がつくものを限られたスペースに押し込んでみた、というレベルの代物です。
NANOTEに限らず、UMPCでは性能以上にキーボードが常に犠牲になってきました。物理的な小ささが求められるUMPCが、物理的な面積(フットプリント)を必要とするキーボードと相性が悪いことは誰にでも想像がつきます。
だからこそUMPCメーカー各社は、限られた面積にできる限り「大きくて打ちやすい」キーボードを詰め込むために試行錯誤し、結果、使用頻度の低いキーをとんでもない配置にしたり、そもそもキー自体を省略して無理やり押し込めてきたのです。
このやり方は、かつてUMPCが流行った10年以上前であればある程度有効だったでしょう。筐体が小さいのだから仕方がない、あまり使わないキーが変則的な配置であっても妥協する、そういった声が主流でした。
しかし、時代は変わりました。今やノートPCはタッチパネルが当たり前……というよりも、そもそもノートPCを必要としている人が減り、物理キーボードのないタブレットやスマートフォン(スマホ)で十分という時代です。
文字の入力についても一般的にはソフトウェアキーボードを用いており、しかもQWERTY配置で日本語をローマ字入力している人などほとんどいません。フリック入力で直接かな打ちしているか、最近では音声入力したあとに、少しだけ画面入力で誤字や乱文の訂正をする程度です。
つまり、変則的で使いづらい物理QWERTYキーボードをわざわざ高頻度に利用する人など、ほとんどいないのです。
■変則物理キーボード不要論
視点を変えて、モバイルシーンで物理キーボードを強く必要とするユーザー層を想像してみます。
真っ先に思いつくのはビジネスマンです。商談の資料作成やプロジェクトの仕様作成など、いわゆるオフィスアプリでの利用が多い職種です。次に思いつくのは筆者のようなライティング業務の人々です。こちらは言わずもがな、ひたすらキーボードを叩いて文字を入力する作業です。
他にもプログラマーやシステムエンジニアなどもキーボードを酷使する仕事です。こういった人々がUMPCを使うか、と言われると微妙ですが、少なくとも今の時代に、そういった人々以外に物理キーボードを必要とするユーザー層がなかなか想像できません。それ以外の人々は物理キーボードを必要としない人々だからです。
そんな、物理キーボードが冷遇されがちな小型モバイルデバイス界隈でも、以前からキーボードにこだわりのあるUMPCなどは存在していました。例えばソニーの「VAIO type P」シリーズです。
まるで「キーボードが本体」と言わんばかりの変則的なサイズは当時かなり話題になり、非常に癖の少ないキー配列のキーボードであったことから、プログラマーやライターを中心に圧倒的な支持を得たPCです。
ソニーのVAIO事業譲渡に伴うPC業界から撤退によってVAIO type Pの系譜は途絶えてしまいましたが、いまだにその復活を願う声は少なくありません(筆者含む)。タッチパネルディスプレイとソフトウェアキーボードが主流となった時代だからこそ、物理キーボードを必要とするユーザーに向けた「使いやすいキーボードを備えたUMPC」が求められているのです。
筆者が取材仕事で愛用しているモバイルデバイスに「ポメラ DM200」というものがあります。キングジムが「デジタルメモ」という製品ジャンルで発売しているもので、ノートPCではなくライティングに特化した特殊なマシンです。
筆者がこれを愛用し続ける最大の理由が、まさにキーボードなのです。VAIO type Pを彷彿とさせるキーボードサイズであり、しかもそのキー配列やキーピッチは一般的なB5サイズのノートPCとほぼ変わりません。その上、書くことしかできないという逆転の発想から、作業に集中できるというメリットがあります。
ポメラのメリットを書き連ね始めると非常に長くなるので過去の記事を読んで頂くとして(こちらを参照)、敢えてこの時代に物理キーボードを多用するような人々以外、物理キーボード付きの小型モバイルデバイスなど購入しない、というのが筆者の結論です。
例えば筆者ほどヘヴィにキーボードを毎日叩き続けるような仕事でもないなら、iPadにオプションのキーボードカバーを付ける程度で十分なのです。
■キーボードの「存在意義」とは
そんなにキーボードにこだわるなら普通のノートPCを買えばいいじゃないか、と言われそうですが、モバイルを前提とした時、フットプリントが大きすぎたり重すぎたりと、用途に合わないことは多々あります。
特に最近ではA4サイズのノートPCが主流となり、B5サイズならまだしも、さらに小さなA5サイズのノートPCなどほとんど選択肢がありません。
筆者はただ単に小さいノートPCが欲しいのではありません。十分なキーピッチとキー配列を確保しつつ、コンパクトに持ち運べる「キーボードサイズPC」が欲しいのです。非常に端的に言ってしまえばVAIO type Pクラスのサイズであり、「B5~A5ノートPCを半分にぶった切ったサイズ」です。
そんな横長のディスプレイは使い勝手が悪すぎると考える人も多いでしょう。しかし、2画面分割で使うことを前提に考えるならどうでしょうか。
スマホでも超縦長画面を2分割して利用するスタイルが流行りつつある中、動画を観ながらSNSへ書き込んだり、資料を読みながらビデオチャットでリモートワークしたりと、マシンスペックの向上やOSの進化も含めてさまざまに使いこなせる時代となっています。
そもそもが何かを犠牲にしなければいけないUMPCやそれに類する製品において、「ギークのオモチャ」以上の価値を付与するには、どこかに利便性を持たせなければ製品として成立しません。
基本性能やディスプレイの視認性を犠牲にしたサイズで、軽さやコンパクトさ、薄さ、そして手軽さではタブレットやスマホに勝ち目がないと分かっている製品に、それでも敢えてキーボードを配置するのであれば、そのキーボードの打ちやすさにこだわる必要があるのは必然です。
逆に言えば、キーボードが使いづらいUMPCに実用面での価値などないと断言しても良いほどです。
例えばAstro Slide 5G Transformerはモバイルギークのオモチャとしては最強のデバイスですが、タッチタイプするには小さすぎ、キーが少なすぎるために高度な入力作業には適さず、片手で打てるサイズでもなく、両手でホールドして使うには中央のキーに親指が届きづらいなど、何もかもが中途半端です。
■「書く」ことに特化したモバイルデバイスを求めて
UMPCや小型のモバイルデバイスが好きな筆者だからこそ、旧来の発想によるUMPCが時代に全く合わないことを痛感します。かつてVAIO type Pが発売された当時、よく酷評されたのはポインティングデバイスの使い勝手でしたが、今はタッチパネルがあります。そもそもポインティングデバイスが必要ありません。
テキスト入力であればカーソルキーだけでよく、ファイル操作はタッチパネルやキーボードショートカットで十分です。むしろ素早いキーボードショートカットをブラインドタッチで使いこなすためにも、キー配置に癖の少ないキーボードが必須なのです。
かつて日本で大流行したUMPC市場がいつの間にか死滅し、海外メーカー製UMPCを輸入してくるしかないような状況に陥った理由も頷けるところです。実用性や用途の明確ではない製品が市場から消えるのは当然なのです。
筆者の愛用するポメラが、スマホ&タブレット全盛の中で10年以上もそのシリーズが続き、固定客が存在し続ける理由もそこにあります。
紙のメモ帳でも良いはずなのに、「書く」こと以外何もできない端末が何故売れ続けるのか。それは純粋に「書きやすいから」です。書きやすいという、ただそれだけで支持されるのです。
VAIO type Pを評する時、「10年早かったUMPC」などと言う人もいますが、本当にそうであったと感じます。基本性能でも、ディスプレイ技術でも、ポインティングデバイスでも、全てが10年早かったのです。
デスクトップPC環境を持ち歩く、というコンセプトであればA4ノートPCで良いでしょう。スマホよりも大画面で動画を観たり絵を描きたい、という目的であればタブレットが良いでしょう。では、手軽に文字を書きたい、という目的に最適なモバイルデバイスはどこにあるのでしょうか。
新しいUMPCが登場する!というニュースを目にするたびに、筆者は期待してニュースサイトを開き、変態的なキー配置に戦慄し、そして落胆しながらブラウザのタブを閉じるのです。そんな「キーボードマニア」のモバイルギークは筆者くらいかもしれません。それくらいニッチな需要だからこそ、どこのメーカーも作らないのは分かっています。
しかし……そもそもがニッチなUMPC市場なのだから、どこかが作ってくれてもいいじゃないか、と拗ねたくもなるのです。打鍵感がどうのとか、キーストロークがどうのとか、細かなことまでは望みません。癖の少ない配置であれば十分です。
単なる趣味の玩具ではなく、仕事で使える小型モバイルデバイスとキーボードが欲しいのです。
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May 10, 2020 at 08:55AM
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秋吉 健のArcaic Singularity:誰が為にキーは鳴る。UMPCなどの小型モバイル機における物理キーボードの存在価値について考える【コラム】 - S-MAX
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